WILDSHADOW:the outer
CASE: the gunslingers

原作・原案:ウィス
著:詠人不知





 ヴァン・セワードと仕事を共にしたのは数回だ。奴が名うての銃士としてもてはやされた頃か、いや酒場の女どもがこぞって言い寄り始めた頃だったような気がするがこの際はどうでもいい。年甲斐も無く自称「ヴァンの嫁」とほざき出すあのアバズレを思い出すからな、ヴァンよりも年上だというのに「永遠の十八歳」だの「昼は獣、夜は処女」と嘯くような女が奴に言い寄るかと思えば、他の女にガトリングを向けるようなぶっ飛んだ女さ。その癖、ヴァンの野郎は笑ってあしらったものだ。
 そのアバズレ――マーサ・オークレイという名だが、二つ名として「ガトリング・マーシィ」とか「人間掃射機」とか、挙句には「高火力な行かず後家」と付けられることもあった。一際の派手好きで、仕事の際もドレスのままガトリングを持ち、背中には専用の弾倉を背負っているときたものだ。花嫁衣装でぶっ放したこともある。あんな細い体でよく操れるものだが、あえて感心はしない。
 ヴァンの二つ名は、確か「二丁拳銃」と「時代遅れのカウボーイ」、「アンティーク」。特に骨董品と呼ばれるわけは奴の得物にある。グレイトロードに買収されたピースメーカー社製のシングルアクションリボルバー「M1894 シビリアン」、三十八口径、三インチまで切り詰めた代物だ。現代のリボルバーに比べれば装填の際もいちいちローディングゲートから一発ずつ装填しなければならない、いわば時代遅れの骨董品を二つ使っているということだ。まあ、いちいちそれを使う理由を訊いたところでヴァンの野郎は話さないと思うが。
 ――俺か? 生憎、俺にはそんな大層な二つ名なんざ付けられちゃいない。俺の取柄は小手先が器用なだけでね、騒がしい連中の銃を奪ったり分解したりするものさ。アバズレが持っているガトリングにしたって銃身が回りだす前に抱え込んでしまえば撃てなくなる。ヴァンの銃にしてもそうだ、起きている撃鉄に指を挟んでおけば撃てなくなる。大体、酒場の中で撃ち合いを始めるような奴はルールを知らないチンピラか死にたがりくらいなものだろうが。
 ああ、俺たちが詰めていた酒場には怖いマスターがいてな、騒ぎが起きる前にショットガンをカウンターから出して威嚇するんだ。カウンター席に座っていた俺の耳元で何度もぶっ放したこともあってな、何度も耳鳴りがしたことか。場都の悪そうにアバズレが黙るのはいいが、火薬の臭いでバーボンがまずくなるのも多々あった。酒くらいはゆっくりと味わいたいもんだ。
 単にマスターが怖いだけではない。彼は俺たちに仕事を回してくれる貴重な仲介人の一人でもあった。仲介料は報酬額にもよるが、彼の機嫌と気分との兼ね合わせで決まることが多い。良い時は報酬の一割、悪い時は七割も掻っ攫っていく。当然、文句を垂れる奴も多々いるが、大概は報酬全額を賭けたマスターとの飲み比べに負けてオケラ道を辿ってしまうのも多々ある。俺の場合、深酒はしないから良しとして、アバズレときたら報酬に納得がいかずに挑んだものだからオケラ道もゲロまみれさ。
 その癖、ヴァンに介抱してもらったときは嘔気混じりの猫撫で声で愚痴を吐きつつ俺に金を貸せだの寄こせだのほざいたさ。アバズレ曰く「惚れた男から借りるわけにはいかない」というもので、それ以外の男は貢いでもらうために在るとヴァンの膝を枕に喧伝するものだ。ご高説どうも、と俺は返したさ。勿論、貸さなかったが。
 ヴァンの野郎も相変わらずの澄まし顔でな、ゲロをかけられてしかめる以外はアバズレを適当に撫でていた。その様を見た他の女共も嫉妬して深酒を煽り奴の澄まし顔を拝もうとしていたみたいだが、生憎とそのアバズレに敵う女は居なかった。女の魅力というよりも、純粋に火力の面で阻まれていたようなものだが。
 俺とヴァンも、アバズレと仕事を共にしたときはガトリングの火力に驚いたものだ。無痛銃と別名が付くように、分間二千から三千発の速射に撃たれた奴は上下か左右に真っ二つに別れ、痛み出す前にくたばる。頭を狙えば脳みそが粉々どころか紅い霧と化す。一回の仕事で殺した人数で言えば、俺が知る限りでは三十人余。恐らく、酒場では最高記録だろう。


 その仕事も、確かニーベンマフィアのデロス一家とリョウランヤクザの鳴神組による合同の依頼だったか。敵対するウォンペンの新興マフィアである羅漢が標的であり、シェダーの旧市街にあるそいつらの賭場を襲撃するという内容だった。新興であれど、デロス一家の縄張りである旧市街に進出し、ウォンペン産の良質な阿片を売り捌いて勢力圏を広げようとしていた新進気鋭の連中でもあり、いずれの脅威になり兼ねんと踏んだ依頼主たちは俺達に仕事を寄越した。
 まずは麻薬絡みの協定を結びたいと近づく為に俺が出ることになった。デロス一家と鳴神組の若頭を一人ずつ借り、俺はその仲介人として羅漢の頭目であるウーメイ・ハンの膝元まで潜り込むにも容易であった。なにせ俺は基本的には得物を持たず随行の若頭もステゴロやドスの突き合いに明るい奴だった。
 ヴァンとアバズレは賭場の向かいにある花屋の前に車を止めて待機していた。襲撃の合図は、言わずもがな交渉が決裂したときのひと悶着だ。俺がウーメイか護衛から銃を奪って窓に向けて撃てば戦闘開始。もとい、正直に従うような素振りも見せなかったなアバズレは、ポーカーでひと遊びさせろだの愚痴を垂れてやがった。そのままアバズレをヴァンに押し付け俺は賭場の上階にある事務所に赴いた。
「――というわけなんだ、ハンさん。後日にデロスファミリーと鳴神組のトップがあんたらと協定を結びたいというのさ。販路の拡大に中間マージンも弾むと悪くない条件だと思うが」
「お前たち古狸どもの魂胆は目に見えている。我々のやり方で商わせてもらう」
 そのウーメイ・ハンという男も頭が切れるのは確かだ。デロス一家と鳴神組の揚げた案件も、委託で売る阿片の売値を従来の三割から五割増、高すぎて末端には買えたものではなく、ゆくゆくジリ貧になるということも即座に見抜いていた。見たところヴァンと大して歳の差も無い若造であったが、インテリ型のヤクザ者には十分すぎる資質を持っていたのも事実だ。白いスーツにオールバック、そして目尻から頬にかけての刀傷も伊達ではなかったようだ。  護衛も俺たちが座っていたソファの後ろに二人、ウーメイの懐刀らしき黒服が一人、室外に一人、丸腰の相手ですらその有様だ。用心深さも及第点というところだろう。おまけにウーメイ自身も懐に銃を忍ばせてある。チラ見では奴の銃は、ヴァンほどではないが骨董品であったのは確かだ。箒の柄のようなグリップと、ホルスターを兼ねたストックを持つ自動拳銃はブラウ・マイスター社の「M1930 ライエンフォイヤー」かその派生でしかなく、俺の勘ではまず使わないと感じた。秘密裏に俺たちを処理するには減音器つきの銃を使わなければ、銃声を聞きつけられてしまう。まあ、ドンパチしにきた俺たちには関係のない話だが。
「そうは言いなさんなって。全面戦争を避けたいということは、あんたも一目置かれている証拠だろ」
「同時に年寄りの証拠でもあるな。年寄りは嫌に保守的になるもんだ」
 ウーメイの言うこともあながち間違っていなかったから俺も笑ったものだ。同伴の若頭は眉をひそめたものだが敢えて挑発に乗らなかった。
「だが、こうして足労をかけたのに無碍に帰すのもなんだ、少しは遊んでいけ。私はこの交渉人とサシで話がしたい」
 人払いも想定のうちだ。一人の護衛に付き添われ渋々と一階の賭場に案内された若頭二人であるが、前もって打ち合わせしたとおりに従ってくれた。残るは俺だけ、一対四の分が悪そうなものだが生憎とその状況には慣れている。粗方、俺だけを残したのは俺の素性を知ってのことだろう。
「さて、お前が交渉人ではないことはわかっている。ジャグラーのジェイナス・プリスキン」
「俺はお手玉が下手なんだが」
 俺はソファでふんぞり返って、差し出されたお高いウィスキーを口に含んだ。
「それに俺は、二つ名を付けられるような大したことはしてないぜ」
「お前がそうであっても、この界隈では有名だからな。二丁拳銃のヴァンとガトリング・マーシィを連れてくるとは、余程うちを潰したいようだ」
「俺たちは別にあんたらに恨みがないんだがな、これも仕事のうちだ」
 途端、俺は後頭部に銃口を突き付けられた。この状況も慣れているが、どうも触れたときの冷たさというのは慣れない。案の定、減音器のソフトな感触だった。
「殺るにも実に惜しいんだがな。いっそのこと私の下で暴れてみないか?」
「ここでヘッドハンティングかい、つまらねぇジョークだ」
 ウィスキーの残りを一気に流し込んだ俺は一層とソファの背もたれに沈み、併せて銃口をこちら側から押してやったさ。
「ハンさんよ、いま俺をバラしたところで状況は変わらねぇと思うぞ。まあ、末期の酒くらいはもう一杯もらおうか」
 ついでに後ろの護衛に酒を注ぐようグラスを上げてみたが、それは叶わなかった。何せその御高いウィスキーはテーブルの上にあり、ちょうど俺が載せた足のつま先に届くあたりにあったからな。誰も取りやしなかった。ウーメイも懐から例の箒の柄を取り出してな、銃口を俺に向けていたのさ。つくづく用心深い連中だったな。
 M1930のライエンフォイヤーって物は、なぜかウォンペン馬賊御用達の銃であったこともその時に思い出したものだ。まあ、工具なしで分解できる簡単な銃であったことと、クリップ給弾方式ではなく箱型弾倉方式を使った仕様、かつフルオート――馬上戦闘に適した銃といえるが、如何せん懐に仕込むにはでかすぎた。それを愛用することがウーメイの意地であったか知ったことではなかったが。
 グラスを手放した俺はテーブルを踏み切りに、座っていたソファを後ろに倒した。その間に銃口を突きつけていた護衛の腕を取り、俺の真前まで引きずりおろした。呆気にとられたのも束の間、俺に銃を取られ眉間を撃たれたそいつの面もそのままだった。眉間に二発も撃ち込めばアホ面にもなるわな。白眼をひん剥いてな、血と脳漿をぶちまける時は特にそうさ。
 応射もあったものだが、幸いにソファの中にケプラー繊維が混ぜ込んであってな、遮蔽物にするには丁度いいものだった。用心深さが仇となった瞬間だろうな。俺が死体の胸倉を掴んで立ち上がり、それを盾にしたものだ。一発目は懐刀の腹、二発目に窓――と戦闘開始。
 芝刈り機のようにやかましい音がしだしてから、途端に事務所の窓はすべて割れた。言わずもがなアバズレが手始めに俺のいるところに掃射を始めたというわけだ。腹を撃たれて窓際に寄りかかった懐刀がアバズレの餌食第一号で、穴だらけどころか上半身だけ原型もとどめずにそのまま外に落下していった。こっちに残った下半身はそのまま倒れたな。
 当のウーメイも焦りを見せ始めたさ。俺に向ける銃口はぶれていなかったが、最初の紳士ぶったお堅い口調からヤクザ者特有の汚いものに変わり始めてからは、窓際を避けるようにじりじりと間合いを詰めて来やがった。
「てめぇら、イカれてやがんのか……!」
「イカれてんのはアバズレだけだ。あのアマ、どさくさに俺を殺したついでに報酬横取りするんじゃねぇか?」
 笑った俺は、騒ぎを聞きつけドアを蹴破ってきた廊下の護衛にも喉に一発くれてやったさ。同時にウーメイに向け、掴んでいた死体を蹴飛ばしてやった。奴さんも躊躇なくその死体に数発ぶち込んでいたから他人のことは言えた義理でもないだろうが、この商売、頭のネジ数本は抜けてないとやっていけん。
 蹴飛ばされた死体が上手いことにウーメイに圧し掛かってな、照準がぶれたついでに俺はソファを飛び越え、そのまま追い討ちとして死体ごと奴を蹴倒したのさ。俺が持っていた銃も残り一発、どこにぶち込もうか考えていたな。帰るまでの凌ぎとして大腿動脈を撃つか、肺を撃っておくか――結論として奴の銃を奪ってから肺を撃つことにしたが。
 拉致を目的としなければ、人質なんてものは後で邪魔になる。致命箇所に一発ぶち込んでおけば帰る頃には虫の息。ウーメイも血反吐と空気を漏らしてからはまともに喋られるような状況ではなかったが、俺にはどうでもいいことだった。
「てめぇ……」
「はいはい、俺達はそろそろ帰るから見送りでも頼むわ」
 そう言って俺はウーメイを起こし、そのまま襟首を掴んで引き摺った。
 相変わらずあのアバズレのガトリングがやかましかった。廊下にまで響いたということは下の賭場を制圧している最中か、客の悲鳴も重なっていた。廊下の壁にも逃げ込んだ客だか組員だか、ナメクジが這ったような血痕が残るほどで、賭場の方は一段どころか数段と赤かっただろう。内心、客や二人の若頭まで殺してないかと肝を冷やしたものだ。畜生、あのアバズレめ――と。
 案の定、賭場はまさに血の海だ。その中でアバズレとヴァンが立ち回っていたが、ちょうどステージで踊っていた踊り子の三人に斬り掛けられるところだ。柳葉刀を器用に手繰って、斬撃だの刺突だの繰り出していたものの、ほんの数秒も経たぬうちに制圧された。
「あたいのダーリンに何さらすんじゃぁ!」
 ――と、三人ともアバズレが仕留めたということになる。まず一人目をガトリングの銃身で頭をかち割り、二人目も同じく銃身で脇腹に撃ちつけ背骨を叩き折り、残る三人目は腹を銃口で突き上げられたまま銃爪を引かれたものだから独楽のように回りだしてそのまま上半身と下半身が別の方向に飛んでいった。
「やりすぎだぞ、マーシィ」とヴァン。
「だってぇ、ダーリンに手を出す馬鹿は殺らなくっちゃ」
 返り血を浴びて惚気るアバズレは背骨を折られ昏倒している二人目の頭に掃射した。
「それにムカつくのよねぇ、あたしより若くてキレイな女は」
 アバズレの行動原理はその一言で片がつく。ちゃちな嫉妬でガトリングをぶっ放すようなぶっ飛んだ女は生まれてこの方、このアバズレぐらいなものだろうか。絡まれるヴァンもご愁傷様といったところか。
「それ以前に客を殺っていないだろうな? それにデロスと鳴神の二人がこっちに降りてきたはずだが」
 若頭二人の安否はすぐに取れた。ヴァンとアバズレが立つバーカウンターの陰で煙草と飲みかけの酒で一服していた。ヴァンがいち早く二人をそこに誘導し、防護しながらの布陣で無傷だったのは良いとして、対してアバズレは口笛を吹いて俺と眼を合わせないでいたからピンときたものだ。
「――ああ、殺りやがったなこのアマ」
「とっとと逃げない馬鹿が悪いのよ。それに御覧なさいよ、粗方ミートソースにしちゃったからわかったものじゃないわ」
 誰が羅漢の組員で、誰が客かが判別できないほどの惨状だ。良くとも顔の原型が留めていても下半身とおさらばの者もいれば、悪くとも便所で流せるくらいに粗挽肉にされた者もいる。辛うじて軽傷で済んだ者もいたが、ヴァンに撃たれてそのままあの世に直行――賭場荒らしどころか虐殺だなこれは。ちょうどカウンターにシガーケースがあったから辛口の葉巻を失敬して紛らわせたものだ。
「糞っ垂れが……! てめぇら、やっぱイカれてやがる……!」
 さんざか引きずった所為かウーメイの白いスーツも赤く染まりだしていた。イカれているとかはアバズレにとっては褒め言葉にもならないと思うが、当のアバズレは俺が引っ張ってきた男がウーメイ・ハンであると判ると眼の色を変えてはしゃぎだしたものだ。
「あら、いい男。でもダメ、あたしにはヴァンという夫がいるの」
 返り血を浴びたというのに貞淑な女を演じている様ほどシュールな光景はないな。床に下ろされ横たわるウーメイに馬乗りにしては、奴の頬や額を舐めたりと今度は雌猫の真似事で喉を鳴らしたから笑えたものさ。アバズレの体重を足すことガトリング本体と弾倉を含めた四十キロ、乗られたウーメイにはたまったものではなかったが。
「おいおい、『昼は獣、夜は処女』というのはどこに行ったんだ?」
「夕方は寂しがりな小猫よ、文句ある? あったら殺すけど」
「その理屈じゃ朝は女神様ってか。笑えるじゃねぇか、ケバい女神様と対面した男が哀れで」
「よし殺す、いま殺す。ジェニー、遺言でも辞世の句でも残すなら今のうちよ」
 アバズレが遣す猶予なんざ一秒にも足らないだろうな。銃爪を引いて、銃身を回して――短すぎる猶予だ。ジェニーと女みたいな呼び方をされたからには、対抗して俺もウーメイの銃でアバズレのこめかみに突きつけてやったさ。
「お前こそ、ヴァンの嫁と自称するなら婚姻届でも出しておくんだったな」
「バージンロード歩くまで死ねるかボケェ!」
 無論、殺る気満々だったがヴァンに諌められ猫撫で声のアバズレは立ち上がり、俺から吸いかけの葉巻を掠め取り咥えた。
「ああ、可哀想なウーメイ。肺を撃たれちゃって痛かったでしょうに。もっと出遭うのが早かったら、あなたのお嫁さんになってあげられたのに。今ならあたしの下僕にしてあげられたのに」
 深々と煙を吸い、ガトリングの銃身をウーメイに向けるアバズレ。
「首は残しておけ。デロスか鳴神に持ち帰ってもらう」
「言われなくてもわかっているわよ。こんないい男の顔を崩すなんて、切り離すのも惜しいくらいなんだから」
 その傍でウーメイが何かうわ言を口にしていたようだが忘れてしまったな。血も流し過ぎたし、瞳孔も開き切る手前であったものだから大したことは言っていないだろうが。大体はやめろとか糞っ垂れとか悪態をついていたか。
「さよならウーメイ、天国で待ってて。あたしのハーレムに入れてあげるからね」
 アバズレの別れ文句も決まったようなものでな、いい男であるなら尚更だ。笑顔のまま銃爪を引いて、いずれ逝くであろうハーレムに招き入れるというが、どう考えてもアバズレ自身が地獄逝きなのは言うまでもないだろう。もとい俺も言えたものではないがね。
 死体を解体するときは、やはり刃物に限る――そう結論づけたのは首の切断面がいびつであったことだ。弾痕をつなげたような断面は汚く、俺が持ち上げたときは細かい肉片がぼとぼと垂れやがるものだから、やむなくカウンターに置いて若頭二人に持ち帰るよう頼んだ。
 持ち帰るにも入れ物が必要になる――なんとも注文の多い依頼人だこと。露払いがてらに俺とヴァンが賭場の奥にある厨房までクーラーボックスを取りに行くことになった。そこにも組員が潜んでいたのも想定の範囲だが、賭場の惨状を見て戦意を喪失していて腰を抜かしていた。
「ヴァン、ちょいとボックスに氷を入れるから相手でもしてくれ。まったく、生首までもってこいとは面倒な依頼だ」
「随分と御立腹なんだな、デロスと鳴神の親分さん達も」
「ウォンペンマフィアは形振りかまわんからな。亜人種の密航斡旋、御禁制の呪術具まで密輸しているという話だ。この界隈を仕切っている連中からすれば面白くない。何よりウーメイら羅漢はデロスと鳴神の事務所にカチコミした前科があってな、親分方の逆鱗に触れたということさ」
「そりゃ怒るわけだ」
 ヴァンが生き残りの組員にとどめを刺したのは、俺がせっせとクーラーボックスに氷を詰めていた頃か。リボルバーだから銃声も大きいものでな、残響も含めて厨房内に何回も響いたさ。詰め終えた俺は手近にあったビニール袋も一緒に詰め、賭場に戻るときには耳鳴りがしたものだ。
 賭場に戻ればアバズレはスツールに座り、ウーメイの生首の傍で酒を煽っていた。俺がクーラーボックスを持ち寄ったのを知ると、生首の額に別れのキスし、指を鳴らして若頭二人を呼びつけた。いつからアバズレの下僕になったんだか。
 兎角、ウーメイの生首はデロス側が引き取ることになり、とりあえず終了。帰るまでが遠足という理屈がその時にもあるにはあった。パトカーのサイレンが聞こえだしてきてな、俺達は足早にその場を去ることにした。その時は、さっさと帰って一風呂でも浴びてビールでもかっくらいたかったくらいだ。それほど喉が渇いてたってことさ。


 さて、話が一気に飛ぶが、別の依頼でもヴァンとアバズレとで組んだ仕事もあった。依頼主はカルンスタインの兵器部門傘下である研究施設マテリア・プリマの所長。内容はその施設から逃げ出した廃棄物4号の駆除というものであったが、経緯を聞けば狂った話さ。
 その廃棄物4号は、新鮮な死体に人魚の心臓を植えつけ、吸血鬼や人狼、はてに実験中の珪素生物を組み込んだ人造の化物であり、廃棄直前に脱走したというものだ。おまけに殺した女の研究員の死体を持ち去ってな。被害者の名がレイチェル・ギフォード、写真で見た限り死なすに惜しい眼鏡の似合う美人であったことは覚えている。
 廃棄物4号を駆除するにあたり、マテリア・プリマから専用の弾薬が宛がわれた。ご丁寧にどっかの教会で洗礼を受けた弾薬――弾芯をタングステン、キャップを純銀にした徹甲弾の一種であったが、生憎とその弾が使えるのはヴァンの三十八口径だけだ。アバズレが牽制で、俺は火炎放射器での焼却を受け持つことになった。
 廃棄物4号が出没した区域は中央シェダーにあるホテル・ミラーカを中心とした半径五マイル圏内。ホテル・ミラーカとくればカルンスタイン系列の一流ホテルだ。依頼主の弁では、廃棄物4号にはカルンスタインを憎めるくらいの知能があり、襲撃の機会を窺っているというのでそのホテルのエコノミーにしばらく詰めることになったのだが。
「ねぇ、ダーリン。このホテルに素敵なバーがあるんだってさ、終わったら一緒にいかない?」
 言わずもがなアバズレがヴァンの腕に絡みはしゃぎだす始末だ。まぁ、標的の探索をする手間を考えれば、迎撃という任務は楽な話である。アバズレの場合、探索に飽きた腹いせに俺にガトリングをぶっ放しただろう。久しぶりに気楽にいけそうであった。
俺たち以外にもマテリア・プリマから出向したバイオハザード対策部隊、通称「駆除課」の隊員もホテルに詰めていた。確かアルファ分隊であったか、その分隊長であるダリオ・マクニールという野郎は俺たち傭兵を見下すような嫌味ったらしい堅物の男だった。いわゆる軍属上がりで公僕としての気質が抜けていなかった野郎だ。
「我々はお前らを評価しない。きっちり報酬分は働いてもらうがな」
「隊長さんよ、見くびるのは結構だが俺達はどうも技術屋が嫌いなもんでね。廃棄物とはいえ立派な生物兵器だ、俺達をモルモットにしようなんて考えないほうが良いぜ。戦闘データまで採るつもりなら報酬は上乗せだ」
 揺さぶりを掛けてみたが、ダリオは眉ひとつ動かさず俺を見据えるばかりだ。
「おまけに、仕事が終わったら俺達を駆除しようなんて考えも捨てておけ。その節を一つ見せようものなら俺達は降りる」
「その点については安心しろ。私個人としてはこの場で駆除してやりたいところだがな」
「おお、恐い恐い――んで、その廃棄物の4号って何でレイチェルの死体を持っていったんだか。ネクロフィリアの気でもあんのかね、もっともそいつも死体だが」
「余計な詮索はするな。お前らは与えられた仕事をこなせばいい」
 粗方、連中において都合の悪い話だろう。件の廃棄物は、不思議とそのホテル周辺に現れる。また被害がマテリア・プリマの研究員と駆除課の人間数名のみで、脱走後は被害と呼べるものが皆無であった。人間をボロ雑巾のように引きちぎるような手口であり、ホテル・ミラーカ周辺からシェダー全体に至るまで似たような猟奇殺人など一つも聞いたことがなかった。あったとしても標的はカルンスタインに係る人物であり、隠蔽されているという感は否めなかったが。どうも話が出来すぎていた。
 ホテルに詰めていた時も、ちょうどカルンスタインの重役連中がパーティを開いていたときか。私怨を前提とするなら、一挙に抹殺するには好ましい日程なのは確かだろう。廃棄物4号の根本的な行動原理は憎悪、調べ上げるには造作もないことだろう。俺が奴ならそうする。
 無論、パーティ会場の入場はご法度だった。俺とヴァンはどうでもよく感じたものだが、アバズレは広間の入場口に佇む黒服の護衛に色仕掛けをしたり、耳に息を吹きかけたり、挙句に股間に蹴り入れようとしたりで何が何でも会場に入りたがっていた。
「せっかく一張羅にしてきたのに入っちゃいけないなんて、どういう了見よ!」
 招待状もなく入ろうとしていること自体、どういう了見なんだか――アバズレでも放置して酒でも貰いに行くかとヴァンに持ちかけたところか、意外な事が起きた。遅れてきた招待客の一人に付き添いとして会場に入れられる運びとなった。
 確かエルファバ・バード社の社長、ソフィー・バードという女だったか。向こうは俺達のことを知っていたし、何より件の徹甲弾を手配した一人でもあった。教会の洗礼を弾薬に施すよう手配したのもソフィーであり、廃棄物4号脱走の件で憂慮している節を見せていたが、どうも俺には状況を愉しんでいるようにも見えた。不敵に笑う美女も悪くなかったが。
「ねぇ、ダーリン。あのおばさん、化粧が濃いわね。ちゃんとアンチエイジングしているのかしら?」
 俺の後ろでヴァンに耳打ちしていたアバズレだが、本人に聞こえるよう故意に言うものだから始末に負えない。一瞬だけ引きつらせてアバズレと顔を合わせたときは、敵意どころか殺意まで滲み出していた。マゾ野郎なら一気に墜とされるような目つきでもあった。
「なによ、おばさん。あたしの若さに嫉妬した?」
 言うなれば「ありがとう、そして死ね」といった具合だろうか、恩を仇で返す早さは。その時ばかりはヴァンも拙いと感じたのか、アバズレの口を人差し指で塞いだものだ。
「すいませんね、マダム。後でこの阿呆を奴と一緒に燃やしておきますから」
「気にしていませんわ、むしろ彼女の自由さが羨ましいくらい――そうだプリスキンさん、お困りでしたら私に何なりと仰ってくださいね」
「マダムの御手を煩わせるわけにもいきませんよ。こうして招待していただけただけでも、どう礼を言ったら良いものやら」
「危ないお仕事に参加して頂いてますもの、これくらいはして差し上げないと」
 淑やかな女と話すのも久しぶりのような気がしたな。まあ、淑やかな女ほど腹黒いというのは俺の偏見かも知れんが、ソフィーという女には上品な笑みの影に凶状持ち特有のヒネた鋭さも持ち合わせていた。要は、彼女も俺たちと同じ匂いを持っていたのさ。少なくとも血の匂いも知っているようだった。むしろ俺たちに染み込んでいるであろう血の匂いに怯んだりもせず眼を輝かせていた程だ。腹の黒さもブラックホール級かと勘繰ったものだ。  一方のアバズレは、横を通りかかった給仕からグラスを掠め取っていた。中に入っていたマティーニを飲み干し、添え物のサクランボを口に放っては次の挑発を考えていたようで、種を俺の後頭部に飛ばしていたほどだ。
「でも、彼女の弾薬までは間に合いませんでしたわ。なにしろ三千発は多すぎて」
「作らなくて正解だったと思いますよ。ところ構わず撃つものですから、このホテルもボロボロにされます。以前にも室内戦にも関わらず曳光弾を含ませて撃った結果、現場も燃やしてしまったということもありまして。そのときは生きた心地がしませんでしたよ、まったく」
 もとい弾芯にタングステンを用いること自体、廃棄物4号の皮も硬いということなのだろう。軍用の防弾ベスト、かつセラミックプレート入りの物以上の硬さと解釈できる。何より珪素を外皮に用いているということだろうか、受け取った書類では構成物質である二酸化珪素などが有れば修復は可能というが、俺の読みが間違いでなければ、窓ガラスからでも摂取は可能であること――厄介な仕事を請けたものだと多少の後悔をしたが、どの道、くたばるというリスクは他の仕事と変わりはないと諦めがついた。
 廃棄物4号の襲撃は、ヴァンとアバズレを部屋に戻してから俺がソフィーと二人っきりで酒を飲んでいたときか。最後に来た男――後の総帥バートランド・ディラードなんだが、そいつに紹介されようとした矢先だ。火災報知機の警報が合図であり、パーティ会場がざわつく中で俺は装備を取りに部屋に戻った。
 出現箇所はホテルの地下駐車場、駆除課の隊員数名が廃棄物と交戦していた。既に二名の死者を出しており、状況も惨憺たるものだった。頭蓋を握り潰され、もう一方は廃棄物の腕に刺さったまま宙に浮いていた。ダリオは右下腕を切断し、応急処置を受けていたところだった。
 廃棄物4号の風体は、黒いコートのような外殻に覆われ、唯一露出していた頭部も青白くバーコードのような刺青が施され、虫の複眼のような紅い眼球を持っていた。隊員を刺し貫いた腕もえらく鋭く、抜いてすぐの一薙ぎで首が斬れたほどだ。シャワーのように噴出す血を顔面に受けてそのまま飲み干すという有様は、吸血鬼の因子が組み込まれていた証拠だろう。
 隊員が扱っていたアサルトライフルも奴には通用しなかったようだ。7.62ミリの弾をも貫通せず、同じ弾を使っていたアバズレのガトリングも然りだった。着弾で外殻から火花が飛び散っていたな。
「ダーリン、あのハゲ固いよ!」
「マーシィ、あいつにも弱点があるはずだ。ジェイと一緒に引き付けてくれるか?」
「え〜、いくらダーリンのお願いでもそれは無理〜。いっそのこと囮にしちゃおうよ〜」
 まあ、期待はしていなかったが。俺は俺で火炎放射器の銃爪を引いていたさ。いかに硬かろうが、いかなる生物も火には敵わん。たとえ吸血鬼や人狼の因子を組み込んだといえ素体は人間の死体だ。修復させる機会など奪えば勝機はあった。
 二、三度の弾幕と火炎放射でわかったことがある。弱点らしき箇所は胸部と露出した頭部、それらを庇うようにしていたことだ。無論、廃棄物は何もしなかったわけではなく、俺やアバズレに突っ込んできたり、壁や止めてあった車のボンネットをも突き破ったりした。あと数センチずれていたら死んでいたところか、すんでの所で助かるのも数度だ。ひとまずは頭を集中的に狙えば奴も怯んださ。
 火炎放射器の燃料が半分になっていた頃か、ヴァンが放った一発が頭部にようやく命中した。ヴァンの野郎は、俺とアバズレが引きつけている間に廃棄物の後方に回り、狙いを定めていた。これで仕事も終わりかと思ったら廃棄物は倒れず、下顎から上を削ぎ飛ばされたというのにまだ動きを止めていなかった。
 すると奴の胸部を覆っていた殻が開き、中身を見た俺は絶句した。中身、指先のように動く肋骨の中には奴が殺したとされるレイチェル・ギフォードの首、しかも閉じていた眼を開け、血の涙を流しだした。
「貴方達モ、私達ノ邪魔スルノ……?」
おまけに喋りだしたから尚更と驚いた。
「悪いが、これも仕事なんでね」
 俺はレイチェルの顔に向け火を放った――が、廃棄物と同化していた彼女は素早く、先ほどより動きが機敏になっていた。また殴打や刺突などの単調な攻撃から、あろうことか着地した先にあった車の窓ガラスから取り込んだ珪素で蝙蝠を無数に精製し、あらゆる方向に飛ばしやがった。
 珪素で組成された蝙蝠の威力は、硝子破片の雨と例えたほうが早かった。俺達は一箇所に集まり迎撃が出来たものの、捌き切れなかった他の隊員は字の如く細切れにされ肉片を天井や壁にぶちまけられた。死体の一部はレイチェルの口で貪られ、破壊した廃棄物の頭部を修復させる材料とされていた。糞ったれが、なんでもありかよ――そう思ったさ。美人なのに大腸を噛み千切っている様にはなんとも、まあ。
「ジェイ、どうする? このままじゃ俺たちもあいつの餌になっちまうぜ?」
「どうもこうもないだろうな。餌になる前に交渉でもしてみるか?」
 燃料も残り僅か。俺に限らず弾薬の欠乏も近い。頼みの綱はヴァンの徹甲弾。 A
「あたしを食べていいのはダーリンだけよ、もちろん性的な意味で」
「お前は黙ってろ、この色ボケの万年発情期」
「ジェニー、あんた死んで餌になって。その間にあたいとダーリンは逃げるから、あんたの犠牲も絶対に忘れてあげるわ!」
「断る! てめぇこそ奴の餌になりやがれ!」
 蝙蝠の群れを凌ぎ切った俺達は、次の隙を窺った。わかっていることは廃棄物の頭――正確には上顎から上を削げば捕食能力を喪い、代わりに胸からレイチェルが顔を出し肉を食らう。その隙を突くにはヴァンの腕が頼みだったのも確かだ。幸い、数発の猶予があった。
「ヴァン、頭を撃った後にレイチェルの首も撃て。その後にアバズレと俺で徹底的に胸を潰す」
「あいよ、それでも駄目だったら腹でも括るか」
 ヴァンは二丁とも撃鉄を起こした。それを合図に俺とアバズレは廃棄物の懐近くに飛び込んだ。頭の破砕後、見立て通りにレイチェルの首が飛び出し、ヴァンの二発目が着弾したと同時に俺とアバズレはありったけの弾と炎をぶちまけた。どんな美人でも挽肉にされハンバーグにされちまったらどうにもならないわな。次第に体も溶け出して湯気まで出してやんの。
 ――ああ、悪いなミナ。お前も飯中だったな、しかもハンバーグ。まあ、それで廃棄物4号は沈黙したが、死んだとは言い切れなかったんだ。正確には脳二つを喪っても死にかけのゴキブリのようにジタバタしてたもんさ。――わざと言ってるだって? わざと以外に何があるって言うんだい?
 ――だからフォーク投げんな、店の人に迷惑だろ。まあ、後始末を駆除課の生き残りに任せたからいいとして、俺達は改めてパーティ会場に戻ったのさ。ソフィーは戦果を聞くや物惜しそうな顔をしていたな。口ではレイチェルのことを偲ぶような物言いだったが、本音としては判りかねた。
 第一、レイチェルが廃棄物に自ら望んで取り込まれたのか否か、真偽なんて依頼主は話そうともしないし、その時は知る由も無かったさ。そこらへんのことはカイも知っているだろうな。確か二年前のマテリア・プリマの襲撃事件で廃棄物4号の詳細もようやく表に出て来た。被験体となった死体はレイチェルの息子、そして生まれてすぐ死んだ赤ん坊のチャールズ・ギフォード。培養されて人魚の心臓を植えつけられ、吸血鬼と人狼の遺伝子を組み込まれ、おまけに珪素生物の群体を埋め込まれた。総じて母親の歪んだ愛が起こした悲劇と言えば簡単かもしれんが、真相はもっと深く暗いところにあるのも否めなかったな。腹黒ソフィーのいるカルンスタインのことだ、上はもっと黒いんだろう。
 まあ、今回はここまでにしようか。次に会うときはヴァンがカイを拾ってきた時の話をしてやるよ。そうだな、アバズレに童貞を奪われそうになったカイの話とかな。あれは傑作だった――って、今度は皿を投げるなよ。そんなことしているとヴァンの下半身事情も話すぞ。









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